こんな日が来るとは思ってもいなかった。父、祖父そして恩師の先輩達があまりにも早く旅だって行ったからである。
 
思い起こすに、私の父が55才だったのは遥か昔で、相当の年であったと記憶している。

 「50過ぎると恐いものがない。男は敵ばかりだ。味方は1人いればいい。」と話していた父の年を超えてしまった。棺桶にまじないの人形を入れ、子供達の将来を願った母の姿も思い出される。

 私は「教育の場に定年はあっても、表現者に定年はない」と考えており、死ぬまで制作をしていくことが当たり前と思っている。「体がね〜」とよく耳にする。当然のことであるが、肉体と年令は正比例していく。年令なりの制作を考えれば良いのだ。

 還暦を祝ってあげることもなく、祝ってもらう立場になってしまった。

 鈴木純子氏(実行委員/光主あゆみ氏、小川倫代氏、原田郁子氏)からこの話があり、当初はToday's art textile のメンバーでのほんの内輪な会の計画であった。

 私は、60才の自覚が無いことを理由に、実行するなら卒業生の縦の結びつきができる会にしてほしいと伝えた。

 私の希望を受け、100名を想定したプランが水面下で始まった。できることなら皆と同じ目線と立場で参加したいと話したが鈴木氏から断られた。 それならば、「参加者の小さな思い出に」という思いから、小さいが手作りの作品を制作しようと決断した。あれこれと考え、10月の終わり頃から制作を始めた。個展を4月に控えていることもあり、兎に角2月中には完成させるようと制作を進めた。テーマは <VANISHING / EMERGING>である。

 2003年4月13日(土)江ノ島湘南ホテルでの還暦会に100名近くの娘、息子が集ってくれた。

 懐かしい顔が並ぶ会場への入場は、まさに結婚式のようであり恥ずかしくもあった。
 武蔵野美術大学に奉職して32年になる。すべての学年を担当したわけではないが、29才で学生を持った時の、中原節男氏、窪田 緑氏、高桑かほる氏、山形美沙氏には特別な感慨があった。

 開宴まで間、ロビーには三々五々に懐かしい顔が集まってきた。

 喜びあう同級生や先輩、後輩。30年前の学生でも不思議に名前が浮かんできた。すべての学生を覚えているわけではないが、人と作品が蘇る。

 参加者の90%は女性であるため、母になってはいるが面影は消えないものだ。

 宴会場への入場は照れてしまった。まるでつい最近出席した甥の結婚式のようだ。皆に挨拶をしながら一段と高いステージに妻と座るが、落ち着かない椅子である。

 祝辞は、カネボウファッション研究所に勤務している中原節男氏から始まった。

 祝辞は札幌の下村好子氏、自由の森学園の若林豊子氏、セルコンでの先輩でつい最近定年を迎えた一つ年上の悪友、楠見昂氏と続き、やがて主婦連とニックネームをつけた湯川順子氏(現在、橋本順子)の乾杯なった。

 2次会そして3次会は楽しかった。妻の美沙子も大いに歌った。

 彼等に見送られて用意してくれた部屋へ。湘南のホテルと言っただけで照れてしまうが、翌朝潮風を浴びながらのテラスでのコーヒーは、年を忘れるひとときとなった。こんな時間の使い方も日々の中ではあり得ない。外国へでも来たような感じだ。そう何年前になるだろうか、姪の結婚式で訪れたロスアンジェルスのホテルのテラスが重複して蘇る。たまにはこのような時間を持たねばとあらためて思うのだが。

 明るい海辺の朝の光は、老いも若きも命の誕生を感じさせる。時は春、そして朝。青春を思い出すには最高の設定。

 若いふたりがまだ見ぬ将来を熱く語る。そんな時もあったなあ...。

 誰でも個に解放されたて二人だけになれる刻を持った時はそうなるものだ。

 夢は、実現するものだよ。お前はどうしたいの? 

 冷静に考えたならば、二人の命は今まで程長くは無い。だが明日を語る。

 これはこれでいいものだ。表現者としての私達は、安住の地を望んではいけないのだ。それが表現者なのだ。走り続けることで見えてくるものが沢山あるだろう。また、沢山のものを失っていくだろう。しかし、今二人は青春まっただ中。 表現者としての終わりは無いにしても、職場における幕引きはある。どのようなラストシーンにするかを考えながら、しかしそこから本当の私が始まるのだ。永遠を拒否することから自分に課した<VANISHING>は<EMERGING>へと変容していくのだ。 少年の気持ちで話す、そんな湘南の光りが眩しかった。

 ありがとう皆さん。夢のような時間を本当にありがとう。

 次の日、私はプレゼントされた赤いチェックのシャツと帽子を被り帰った。

 

<PS>

 次男の七星が表現者になると決めたらしい。いいね〜。北斗はデザイナー、そして七星はアーティストか。OK。

  

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2002 田中 秀穂