2001 2月17日
    

     

●ソフトマテリアル

 ファジー、ゆらぎ、と言う言葉を近ごろよく耳にする。言葉の響きから繊維素材を思い浮かべるが、人間と物との自然で豊かな関係をハード、ソフト両面から考えるキーワードである。機械文明下における人類の自然回帰への願望をどこまで満足させることができるのだろうか。

 冷静に情報を伝達し容易に知識を拡大するコンピューターは便利だが、何か物足りない。人間の感覚への配慮が欠けているからであろう。

 これからは触覚についての研究、検討が望まれる。今日の生活空間を構成している人工的素材の多くは、平坦で天然素材の微妙な感性を封じ込めてしまう。

 休息と仕事の区別もままならない現代人が望むインテリアは、穏やかで自然を感じる空間である。地平線、水平線、緑、砂丘、光などの自然が作り出す色彩、音、触覚などが安らぎと潤いを与える。このような状況において、繊維素材は微力ではあるが視覚、触覚を介して快適な環境を提供してくれる。

 カモフラージュ:パフォーマンス効果もまた繊維素材の得意な領域である。住宅の密集化に伴うトラブルの解消法のひとつに、半透明の布やケースメントが窓に吊される。いわゆるカーテンと呼ばれるが、プライバシーの保護もあるが風景をオブラートに包んだようにして視覚的に美しく見せてくれる。ギリシャ神話のプーシケの肉体に着せられた布の効果と同じである。そのほか光、色彩の調節などが一枚の布を介して室内空間を多彩に演出する。公共、商業空間においては、キネティク的な表現と光や音を混在させての造形、空間構成が多い今日だが、素材やテクスチャーの理解を深める必要を強く感じている。

 タペストリー〈つづれ織による壁掛け〉は、絵柄を緯糸(よこいと)で織り出した織物である。古代美術のひとつであるタペストリーは、B.C. 1483年頃エジプトの墓からその断片が発見されている。A.D.6〜7世紀頃のコプト人による織物も確認されているが、古代の織物の表現には驚くほどの一貫性があり、いまなお我々に深い感銘を与えてくれる。

 ゴブラン織は17世紀前半にフランスのゴブラン、オービュソンの工房で織られた織物である。

 フランスのタペストリーは、A.D.14〜16世紀に開花しアンジェ、アラス、パリのアトリエで織られ王族、貴族の権威の象徴として、また移動するフレスコとしても愛好された。
 描かれた題材の多くは、神話、新約聖書、英雄伝、宮廷恋愛などの情景で、それらは城や教会の壁を飾り、あるいは戦場の野営地に吊して用いられた。多くの傑作の中でも、パリのクリュニー美術館の〈貴婦人と一角獣〉、アンジェの城の〈黙示録シリーズ〉とニューヨーク メトロポリタン美術館の〈捕われの一角獣〉はもっとも美しいタペストリーと呼ばれている。だがこのように輝かしい伝統をもった織物の品質の低下が、画家と織手の分業化によって引き起こされた。これはタペストリーの堕落と呼ばれたが、その後若い画家のグループによって中世のタペストリーが表現していた色彩効果、陰影技法の研究が進められた。特に画家であり詩人であったジャン・リュルサの貢献は大きく、その後、リュルサとジャン・ポーリーによって1961年、スイスのローザンヌに国際タペストリーセンター(ICAMT)が設立され、現代タペストリーの新興に情熱を注いだのである。以後30年ビエンナーレによる展覧会は表現の領域を拡大し、またアメリカにおける広義な考えのウォールハンギングを背景に、現代のファイバーアートの素地が形成されていった。

    

 
クリュニーの貴婦人と一角獣  
 
Rain Forest Tree 

       

  

 建築家ル・コルビジェはタペストリーを「放浪者の壁」と呼び、モデュロールで高さを決めるとともに、構図そのものも規定されねばならないと提案している。

 タペストリーによる詩的な欲望の確保と冷たい石の壁を、第3の皮膚に変質させる効用があることを示唆している。

 我々の身の回りにも形は異なるが暖簾、襖絵掛け軸などがあり、同様なことが考えられる。繊維素材を用いた造形が、公共空間や商業空間に単体としてあるいは空間そのものとして使われることの多い〈 被膜 〉の現代と言える。

 「ソフトマテリアルはすべて繊維素材である」と安易に結論は出せないが、現代の美術、デザインにおいて注目すべき素材のひとつである。従来の天然繊維に加え、金属、合成樹脂、化学繊維、紙などによる領域を越えての表現が活発である。この傾向は1960年代頃からの概念芸術(コンセプチュアルアート)における顕著な傾向であるが、振り返ると第一次世界大戦後の超現実主義(シュールレアリズム)にその兆候を見ることができる。サルバドール・ダリをはじめ作家たちは、非合理や夢の世界の解放などを形態の恒常化の否定という視覚に訴えていくが、そのことは従来の芸術を、根本から見直すことであり、永遠性、空間性についての新たな考察である。
 1938年、パリのシュールレアリズムの展覧会(PARISGALERIE DES BEAUXーARTS)は前代未聞の作品で埋めつくされ、会場はソフト素材の凱旋ともみることができた。構成をマルセル・デュシャンが担当し、天井からは石炭袋が1200袋吊り下げられ、床には枯葉が分厚く敷かれ、コーナーの池には葦や羊歯や水仙で埋めつくされていた。

 ヘレン・バネルの〈恋人たちのベッド〉は絹布で装飾され、彼女はアンドレ・マッソンのオフェリアの死の絵を背景に、ダリの演出によるパフォーマンスを試みた。クレス・オルデンバーグやクリストも布による表現者として知られているが、オルデンバーグのゴーストとして造形される立体作品は、ソフトスカルプチュアーという領域を確立したと言える。オルデンバーグの作品がダリと決定的に異なるのは、〈 触れられる 〉という点である。繊維素材による造形は染織領域と美術を背景に、伝統の尊重、継承、多様化そして立体から空間へと変遷してきた。身体、生活、社会を包み込む柔らかい素材は、千変万化しながら日常と非日常を往来する。ソフトマテリアルの得意とするところである。

    

    

(C) Copyright 2001 Hideho Tanaka.