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VANISHING 昔から森羅万象における関係は、相生・相克で表現されている。相生の関係は、木生火・火生土・土生金・金生水・水生木。相克は、木克土・土克水・水克火・火克金・金克木である。この関係が意味する深い思考は、私の創造活動に大きな影響を与えており、21世紀が背負っている共生への在り方を示唆している。 若い時期の私の活動を振り返ると、表現されたすべてに永遠を求めていたことに気付く。私の父は画家と役者へは理解を示していなかったが、私は彼の意に反し美術学校へ進みデザインを勉強したのである。後に分かるのだが、父は絵が好きであり、私が美術学校へ進んでからは、私の良き理解者であった。熊谷守一の絵を前にして、父と酒を飲んだ神田のバー馬酔木がなつかしい。一枚の絵を描く表現者とそれが飾られた空間を生み出す表現者が存在する。私はその両者でありたいと考えていた。 何故ファイバーアートを思考するのか。その切掛けは、絵が描けるという単純な動機からであるが、繊維素材の魅力と困難さが私を表現へと向かわせている気がしている。いつか分からないが、領域で括られるのではない表現者を夢見ている。 作品の素材の違いや存在する環境の違いはあるにせよ、必ずいつかは消滅していく。姿かたちを変質、変容言う時間を纏ながら目の前から消えて行く。描きあるいは造られたものすべてが平等に消滅への過程があることに気付いたときから、私の興味はサイクルという時間の変化に伴う表現に移行して行くことになる。 1984年の浜松野外美術展「 VANISHING:Scorched Earth 」における作品制作がその第一歩であった。この作品制作により、それまで抱いていた疑問がすこしずつ解きほぐされていった。 この仕事は、白い天竺木綿(25m x 25m )と砂丘を一体化させることであり、縫う行為後、火により木綿を焼き払い大気へ戻すことであった。 そこで体験した多くの現象と他力という力の素晴らしさは、今でも忘れることが出来ない。 偶然性を計画性へ変換する。白い一枚の布や糸を前にして、意識しての関わりから生み出される結果(作品)と同時に、私は時間の共有についてとりわけ執着する。何故ならその過程において、 私が計れなかった偶然(特に屋外においては顕著である)に遭遇しながらそれを取り込む不安と面白さと決断がたまらなく好きだから。 その偶然からは私の望んでいる表現を際立たせる同質の要素、あるいは、対極に存在する諸要素を強く意識することになり、その結果、他力の受け入れを素直に考えられるようになって行った。 変質と変容を楽しみながら平面、立体、空間へと展開しているが、今後は私の五感を刺激して、言語・形態・身体を包含する表現を試みたい。 美術、デザインを志したあの時、手にした一本の木炭の感触と、そこから引かれる一本の線は、限りない創造への扉を開いてくれたことを思い出す。 空は衣装 大地は枕 より少しのもので成長せよ。 を心に刻んでいたい。
「何もいらない」ヌシュマイラン・出水沢 藍子著 2000年 田中秀穂 |
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